
入居者の喫煙が10年以上続いたアパートの部屋は、汚れや臭いが清掃だけでは改善できず、クロスや建材の補修や交換が必要になることがあります。この費用負担をめぐり入居者やオーナーとの調整が生じるため、管理会社は初期対応を整理し、根拠を示して納得を得ることが大切です。
この記事では、長期間の喫煙による汚損に対する原状回復の判断基準や、費用請求のポイントを解説します。
長期喫煙者の退去時に押さえておきたい初期対応の流れ

入居者が長期間喫煙していた場合、壁や天井クロスのヤニ汚れや臭いなど、通常の使用を超える汚損が残ることがあります。こうしたケースでは、原状回復の範囲や費用負担をめぐり入居者との間でトラブルになりやすいため、管理会社は初期対応を整理しておくことが大切です。
退去時の初期対応は、以下のプロセスで進めていきましょう。
1. 汚損確認
壁や天井クロス、床材、エアコン、建具などを点検し、ヤニ汚れや臭いの程度を確認する。
2. 証拠記録
汚損状況を写真や動画で残し、入居時の状態や契約書と照合できるようにする。
3. 清掃か補修かの判断
汚れや臭いが軽度であれば清掃や消臭、重度の場合はクロスや床材の張り替えなどの補修を検討する。耐用年数を踏まえて負担割合を整理する。
4. 見積りの提示と協議
原状回復工事を依頼する内装・清掃業者から見積りを取得し、その内容を入居者に提示する。契約書や特約を根拠に、どの部分が入居者負担となるかを明確にして協議を進める。
5. オーナー報告
壁や床、建具の汚損状況や必要な補修内容を見積り・協議経過とあわせて報告し、工事範囲や費用回収の方針について確認し、判断を仰ぐ。
6. 費用回収
原状回復費用は敷金から精算する。不足分がある場合は入居者に追加請求し、協議を通じて解決を図る。合意に至らないケースを想定し、最終手段としての法的対応も視野に入れる。
清掃で対応できるケース

タバコによる室内の汚損は、必ずしも全面的な張替えや工事が必要になるわけではありません。汚れや臭いが表面にとどまっている段階であれば、清掃によって改善できるケースもあります。
ここでは、どういった場合に清掃で完結できるのか。代表的な事例としてクロス表面のヤニ汚れや臭いを除去する方法について見ていきます。
クロス表面のヤニ汚れ
タバコのヤニ汚れがクロスの表面に付着している程度であれば、専用洗剤やアルコールによる清掃で対応できるケースもあります。
具体的な手順としては、まずホコリを取り除き、洗剤やアルコールを含ませた布で汚れを拭き取ります。汚れが強い部分には壁紙用のヤニ取りクリーナーを使い、仕上げに水拭きと乾拭きで洗剤残りや拭きムラを防ぎます。
なお、ヤニがクロスの繊維や下地まで浸透している場合や、広範囲に変色が見られる場合は清掃だけでは不十分です。その際はクロスの張替えを検討する必要があります。
室内の臭い除去
退去後にヤニ汚れを清掃しても、タバコ特有の臭いが室内に残ることがあります。タバコ臭さは、次の入居者の印象に直結するため、速やかな対処が必要です。
臭いが壁紙や建材の表面にとどまっている状態であれば、換気や消臭スプレーで臭いを除去できることもあります。
ただし、ヤニ汚れと同様、臭いが壁紙や下地にまで染み込んでいる場合は、清掃や消臭処理だけでは効果がない場合もあります。その際はクロスの張替え、床材や建具の交換に加え、エアコンの分解洗浄などを検討する必要があります。
補修が必要なケース

長期間の喫煙による室内の汚損は、表面清掃では改善できないことが少なくありません。そのため、壁紙や床材、建具の張替えや交換といった補修工事が必要になる場合があります。
ただし、こうした対応は高額になりやすいため、耐用年数の考え方や入居者負担の範囲を踏まえ、見積りを根拠に説明することが欠かせません。
ここでは、費用の目安、説明時の根拠のまとめ方について解説します。
汚れが壁紙裏や下地まで浸透している
長期間の喫煙によって壁紙の裏や下地まで汚れや臭いが染み込むと、清掃では改善できず張替えなどの補修が必要になります。
その一方で、長期間の居住で耐用年数を過ぎている場合、補修費用を請求できないのではと疑問に思う方も多いでしょう。国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」では、壁紙や床材の耐用年数は6年とされ、通常の経年劣化分については請求できないとされています。
しかし、喫煙による汚損は自然劣化ではなく「故意過失」に分類されるため、耐用年数を超えていても借主負担として請求することが一般的です。
6畳1間と2LDKの費用シミュレーション
クロスを全面張替えする場合、その費用感は「単価×壁面積」で算出できます。ここでは具体的に、6畳1間と2LDKのケースを見てみましょう。
・6畳1間のケース
壁面積を約25㎡とし、クロス張替え単価を1,800円/㎡で計算すると施工費用は約4.5万円。諸経費を含めると6〜7万円が目安となります。
・2LDKのケース
全居室で喫煙していた場合、壁面積は80〜90㎡におよぶため、張替え費用は15〜20万円程度。さらに床や建具にまで汚れや臭いが広がっていれば、数万円単位で費用が上乗せされます。
6畳のケースではエリアによっては原状回復費が敷金を超える可能性があり、2LDKのようなファミリー物件では壁面積が大きい分、補修費用が高額になりがちです。いずれのケースも、実際の見積額や根拠を示しながら丁寧に説明することが欠かせません。
床や建具に焦げ跡や黄ばみがある
床材や建具に残ったタバコの焦げ跡や、黄ばみの程度によっては、部分補修で解決できることがあります。補修費用は約1.5〜5万円程度が目安です。
一方で、汚れや焦げが広範囲に及んでいる場合は、部分補修だけでは十分な回復が見込めません。床材や建具の補修・交換となると工事規模が大きくなるため、施工費用が10万円以上に膨らむといったケースも少なくありません。
そのため、再募集に支障がなければ部分補修に留める、もしくは長期的な美観や入居者満足を重視する場合は交換を選択するなど、状況に応じた判断が求められます。
強い臭いが残っている
タバコの臭いが強く残っている場合、換気や消臭スプレーでは改善が難しく、より抜本的な対応が求められます。
代表的なのがオゾン脱臭です。専用機器で臭いの原因物質を酸化分解して除去します。1回あたり数万円が目安で、臭いが強ければ複数回実施することもあります。
効果が不十分な場合は、エアコンや換気設備の分解洗浄が必要になるケースもあります。さらに、壁紙や床材、天井材そのものに臭いが深く染み込んでいる場合は、建材の張替えや交換が必要です。
特に10年以上喫煙していたケースでは、壁紙や建材にまで臭いが浸透していることが多いため、はじめから交換を前提に判断する方が現実的かもしれません。
タバコ汚れの清掃と補修費用の回収

入居者が長期間喫煙していた室内の原状回復においては、その費用をどう分担するかも課題となりがちです。
費用の分担は「自然損耗との区別」や「設備の耐用年数を踏まえた扱い」が根拠となります。しかし、説明の仕方によっては入居者の納得が得られず、トラブルにつながることもあるため、注意が必要です。
ここでは、原状回復の考え方や負担割合の示し方、入居者に理解してもらうための説明の工夫についてまとめます。
ガイドラインと耐用年数の考え方
前述の通り、壁紙や床材、エアコンなどの耐用年数は6年とされています。入居期間が10年以上の場合、これらはすでに耐用年数を経過している可能性が高く、経年劣化分については借主に請求できません。
一方で、喫煙による汚損は自然損耗とは区別され「故意過失」とみなされます。そのため、汚れや臭いが明らかな箇所については補修や張替え費用を請求できる根拠が残ります。
実務では「経年劣化分」と「喫煙による汚損分」を分け、負担割合を具体的に示すことが欠かせません。
借主に補修費用を説明する際のポイント
退去時に「喫煙による汚損分」の補修費用を借主へ請求する場合、単に金額を提示するだけでは納得を得られない可能性があります。借主の理解を得るためには、複数の視点から丁寧に説明し、請求の妥当性を裏付けることが大切です。
まず、入居前と退去後の状態を写真や動画で比較して示すようにしましょう。タバコ汚れの有無や程度を客観的に提示することで、負担の根拠を明確にできます。
さらに、賃貸借契約書や特約の記載、国土交通省のガイドラインを根拠として、自然損耗と喫煙による汚損の区別についても説明しましょう。設備や内装の耐用年数を踏まえて負担割合を明示し、どこまでが借主の負担で、どこからが貸主の負担となるのかを整理したうえで伝えることが大切です。
交渉現場で多いトラブル事例と解決パターン
タバコ汚れの原状回復費用は、経年劣化との線引きや費用相場の認識に差が出やすく、借主と貸主の間でトラブルに発展することが少なくありません。
ここでは、実務でよく見られる具体的な事例と、その解決パターンを紹介します。
1. 「自然損耗ではないか」と主張されるケース
借主が「タバコによる汚れや臭いは経年劣化に含まれるため負担できない」として拒否することがあります。
この場合、タバコ汚れは国交省のガイドラインでも「故意過失」とされていることを示しましょう。自然損耗とは区別して説明することで納得を得やすくなります。
2. 見積額が高すぎると感じるケース
業者の見積りを提示しても「相場より高い」と反発される場合もあります。
こういったケースでは、クロス張替えの単価や工事内容を具体的に示し、第三者の相場情報や複数の見積りを根拠にしていることを説明すると納得を得やすいです。
3. 負担範囲をめぐる主張の相違
「一部の壁だけ汚れたのだから全面張替えは不当」といった借主の主張もしばしば見られます。
この場合は「部分補修では色の差が目立つため全面張替えが必要」といった技術的な理由を説明し、実務上の合理性を示すことが重要です。
4. 敷金内で収まらない場合の不満
請求額が敷金を超えると「追加請求は納得できない」と反発されることが少なくありません。
この場合は、追加請求の正当性が契約内容に準拠していることを示し、証拠となる資料とともに明示することでトラブルを避けやすくなります。
喫煙による汚損を伴う原状回復業務のポイント

原状回復費用の退去精算をスムーズに行うためには、算定根拠を入居者へわかりやすく示すことが大切です。
ここでは、そのためのポイントとして、写真や動画による視覚的な説明方法に加え、ITツールを活用した情報共有の工夫を紹介します。
退去費用請求に備えて記録を整える
退去費用の請求では、入居時と退去時の状況を比較できる記録の提示が欠かせません。写真や動画の撮影から保存・整理までを徹底し、客観的な根拠としていつでも提示できる形にしておくようにしましょう。情報をタイムリーかつスピーディーに提示することで、入居者の理解と納得を得やすくなります。
ここでは入居から退去までの流れに沿って、データの記録・管理・整理のポイントを確認していきます。
1.入居時の状態を撮影する
壁や天井クロス、床材、建具、エアコンなど、タバコ汚れが発生しやすい箇所を複数角度から撮影する。退去時と撮影条件をそろえると比較が容易になる。
2.退去時の状態を撮影する
入居時と同じ箇所を同じ角度で撮影する。動画を加えれば、汚れの範囲や部屋全体の雰囲気をより詳しく記録できる。臭いについてはチェックシートなどに記録しておくと説明に役立つ。
3.契約書・見積書とセットで保存する
退去費用の請求に必要となる関連資料をひとまとめに整理する。具体的には、契約書の特約やガイドラインの抜粋、業者の見積書や報告書など。これにより「なぜこの費用が発生するのか」を裏付けられます。
4.比較資料としてまとめる
入居時と退去時の写真を並べる、見積り内容とリンクさせるなど、入居者やオーナーに視覚的に理解してもらえる資料を作成します。退去時に請求する費用の根拠を「見せて伝える」ことが目的です。
5.データ管理を徹底
写真や動画はデジタルで保存し、バックアップも確保する。将来のトラブルや説明の必要に備え、一定期間保管しておくことが望ましい。
写真と見積りを添えてオーナーに報告する
タバコ汚れの補修費用をオーナーに説明する際は、感覚的な報告ではなく、証拠と数値に基づいた資料を添えることが不可欠です。
具体的には、入居前後の写真や動画を並べて変化を明示し、そのうえで業者の見積書をセットで提示します。これにより「なぜ補修が必要なのか」「費用はどの程度か」が一目で伝わり、判断の根拠となります。
また、クロス張替えの単価や施工範囲など、見積りの内訳を整理して示すことも重要です。相場感との比較が容易になり、オーナーの不安や疑念を軽減することにつながります。
ITツールを活用し、業務効率化を図る
退去時の精算では、請求費用の根拠整理や説明資料の作成に多くの時間を要します。従来のように写真や動画を担当者ごとに管理していると、検索や共有に手間がかかり、根拠資料として十分に活用できません。
こうした課題には、データをクラウドに保存し、補修や原状回復工事の履歴を一元管理できるツールの活用が有効です。画像や関連情報をシステムに登録して紐づけておけば、検索性が向上し、必要な情報を迅速に提示できます。結果として、情報共有が円滑になり、説明や交渉もスムーズに進められます。
写真をクラウド管理し、記録と報告を効率化するメリット
賃貸管理業務に必要な情報を一元管理できる賃貸管理システム『いい生活賃貸管理クラウド』を活用すれば、物件ごとに入退去の写真や動画を保存することが可能です。オーナーや入居者からの問い合わせ、修繕対応、退去時の原状回復工事などの履歴と紐づけて管理できます。
これにより「記録 → 整理 → 報告」の流れを一貫して効率化できるため、退去精算におけるトラブル防止と業務負担の軽減を同時に実現することが可能です。
室内喫煙による汚損の原状回復を円滑に進めよう

アパートで長期間喫煙が続いた部屋は、クロスや建具の黄ばみ、床材の焦げ跡、強い臭いなどが残ります。入居期間が10年以上におよんだ場合は、下地や設備内部まで影響がおよぶこともあり、清掃だけでは対応できず、オゾン脱臭やエアコン分解洗浄、クロスや床材の張替えが必要になるケースもあります。
これらの補修費用を借主に請求する際は、国交省のガイドラインや耐用年数を踏まえ、入退去時の写真や契約書、見積書などの資料をそろえて説明することが重要です。ただし、根拠を示すための準備や説明作業は膨大で、担当者の大きな負担となりがちです。
そのため、賃貸管理システム『いい生活賃貸管理クラウド』などのITツールを活用することが有効です。業務の効率化と説明の透明性を両立させ、退去精算を確実に進めていきましょう。