
不動産契約における重要事項説明(重説)は、専門的な内容が多く、一般の方にとっては非常に理解しにくいものです。これまでは不動産会社の店舗に出向いて対面で説明を受けるのが一般的でしたが、近年、インターネットを介して説明を受ける「IT重説」が普及してきました。
不動産会社のサイトなどではIT重説の利便性が強調されがちですが、実際に契約を行うユーザーの視点から見たメリット、デメリット、そしてどのような人がIT重説を活用すべきかについて、徹底的に解説します。
はじめに:IT重説とは?

IT重説とは、宅地建物取引業法に基づき、不動産会社の宅地建物取引士が重要事項説明を行う際に、テレビ会議システムなどのITを活用して行う方法です。2017年から賃貸契約で、2021年9月からは売買契約でも全面施行され、自宅や遠隔地からでも重説を受けられるようになりました。
ユーザー目線から見るIT重説のメリット top4

IT重説は、一見すると非常に便利そうに見えますが、ユーザーにとってはどのようなメリットがあるのでしょうか。ユーザーにとっての具体的な恩恵を見ていきましょう。
時間と場所の制約からの解放
これがユーザーにとってIT重説の最大のメリットと言えるでしょう。
- 移動時間と交通費の削減
不動産会社の店舗まで足を運ぶ必要がなくなるため、移動にかかる時間や交通費を大幅に削減できます。遠方に住んでいる場合や、仕事で忙しい方にとっては特に大きなメリットです。 - スケジュールの調整が容易に
不動産会社の営業時間内に店舗を訪れる必要がなくなるため、ご自身の都合の良い時間に重説を受けることが可能です。例えば、仕事の昼休みや夜間など、普段なかなか時間が取れない方でも、自宅や職場などからアクセスできます。 - 子育て中や介護中の方に優しい
小さな子供がいる家庭や、介護が必要な家族がいる場合、外出は大きな負担となります。IT重説であれば、自宅で安心して重説を受けることができるため、心理的な負担も軽減されます。
リラックスできる環境での説明
不動産会社の店舗の硬い雰囲気の中で説明を受けるよりも、自宅などの慣れた環境で説明を受けることで、精神的なプレッシャーが軽減され、落ち着いて話を聞くことができます。
- 質問がしやすくなる
リラックスした環境であれば、疑問点や不明点を遠慮なく質問しやすくなります。対面だと、つい周りの目を気にして質問を躊躇してしまう方もいるかもしれませんが、IT重説ならその心配が減ります。 - 資料を広げて確認しやすい
自宅であれば、送られてきた資料を広げたり、メモを取ったりといった作業も自由に行えます。店舗だとスペースが限られていたり、他の客がいたりする中で集中しにくいと感じることもあります。
家族やパートナーと情報を共有しやすい
家族で不動産を購入する場合など、複数人で重説を受けたいケースでは、IT重説は非常に便利です。
- 同時に参加できる
物理的に同じ場所に集まらなくても、それぞれが別の場所からIT重説に参加することができます。共働きで休みが合わないご夫婦や、遠方に住む親御さんと一緒に物件を検討したい場合などに非常に有効です。 - 後から見直しが可能(※要確認)
不動産会社によっては、IT重説の様子を録画し、後から視聴できるようにしてくれる場合があります。これにより、聞き逃した部分を確認したり、家族と共有したりすることが容易になります。ただし、これは全ての不動産会社が行っているわけではないため、事前に確認が必要です。
契約の判断材料を落ち着いて吟味できる
- 冷静な判断が可能に
対面だと、不動産会社の担当者の熱意や営業トークに流されて、その場で即決を迫られるような圧力を感じてしまうこともあります。IT重説であれば、画面越しという特性上、対面よりも冷静に話を聞き、落ち着いて判断を下す時間を取りやすくなります。 - 比較検討の時間が確保できる
複数の物件を検討している場合、IT重説を組み合わせることで、それぞれの物件の重要事項説明を効率的に受け、比較検討する時間を確保しやすくなります。
ユーザー目線から見るIT重説のデメリット top5

メリットが多いIT重説ですが、一方でユーザーにとっては注意すべき点や、デメリットとなりうる部分も存在します。
通信環境と機材の準備が必須
IT重説を受けるためには、以下の準備が必要です。
- 安定したインターネット環境
説明中に途切れたり、音声が乱れたりすると、重要な情報が聞き取れず、誤解が生じる可能性があります。Wi-Fi環境が不安定な場所や、データ容量の制限があるスマホ回線での利用は避けるべきです。 - パソコンやタブレット
スマートフォンでも利用可能ですが、資料を画面共有されることを考えると、画面の大きなパソコンやタブレットの方が、文字が読みやすく、全体像を把握しやすいでしょう。 - カメラとマイク
不動産取引士が本人確認を行うため、カメラが必須です。また、円滑なコミュニケーションのためにはマイクも必要です。内蔵のものでも問題ありませんが、よりクリアな音声でやり取りするために、外付けのマイクやヘッドセットも検討すると良いでしょう。
これらの準備が不足していると、スムーズな重説が困難になるだけでなく、本来受けられるはずのサービスが受けられなくなる可能性もあります。
資料確認のしづらさ
IT重説では、事前に送付された資料を見ながら説明を聞くことになります。
- 画面と資料の行き来
画面上で説明を聞きながら、手元の資料を確認する作業は、慣れていないと煩わしく感じるかもしれません。特に、複数の資料を同時に参照する必要がある場合、紙ベースでの説明よりも効率が落ちる可能性があります。 - 視覚的な情報が限定的
対面であれば、担当者が資料の特定箇所を指し示したり、マーカーで印をつけたりしてくれますが、IT重説ではそれができません。画面共有でカーソルを動かすなどで代用されますが、伝わり方に限界がある場合があります。
質疑応答の難易度
IT重説では、コミュニケーションの質が対面と異なる場合があります。
- タイムラグや音声の乱れ
通信状況によっては、音声にタイムラグが生じたり、途切れたりすることがあります。これにより、スムーズな会話が阻害され、質問の意図が正確に伝わらなかったり、回答を聞き逃したりする可能性があります。 - 表情やニュアンスの読み取りにくさ
画面越しでは、相手の表情や仕草など、非言語的な情報が伝わりにくくなります。これにより、疑問に思っていることをうまく伝えられなかったり、相手の意図を正確に読み取れなかったりする場合があります。特に、専門用語が多く、複雑な内容である重要事項説明においては、この点がデメリットとなる可能性があります。 - とっさの質問がしにくい:
対面であれば、説明の途中で「ちょっと待ってください」と気軽に声をかけやすいですが、IT重説だとタイミングを計りかねる場合があります。結果として、疑問点が解消されないまま話が進んでしまう可能性もゼロではありません。
本人確認の煩雑さ
IT重説では、不動産会社の宅地建物取引士が、ITを活用して説明を受ける者が本人であることを確認する必要があります。
- 顔写真付き身分証明書の提示
運転免許証やマイナンバーカードなどを画面越しに提示する必要があるため、プライバシーに配慮した環境で臨む必要があります。 - 顔と身分証の一致確認
カメラに顔と身分証を同時に映し出す必要があり、手間を感じる方もいるかもしれません。
不動産会社側のITリテラシーへの依存
IT重説を円滑に進めるためには、不動産会社側のIT環境や担当者のITリテラシーも重要になります。
- ツールの習熟度
不動産会社の担当者がIT重説に慣れていない場合、ツールの操作に手間取ったり、画面共有がうまくいかなかったりする可能性があります。 - トラブル発生時の対応力
通信トラブルなどが発生した場合に、迅速かつ的確に対応できるかどうかも、IT重説の質を左右します。
IT重説を活用したほうが良いタイプ

上記メリット・デメリットを踏まえ、どのような方がIT重説の利用に向いているのでしょうか。
時間的制約が大きい方
- 遠方にお住まいの方
地方から都市部の物件を探している、あるいは海外から日本の物件を購入したいと考えている方など、物理的な距離がある場合は、移動の負担を考えればIT重説が最適です。 - 多忙なビジネスパーソン
平日昼間に不動産会社の店舗へ行くのが難しい方でも、休憩時間や夜間に自宅から重説を受けることができます。 - 育児や介護で外出が難しい方
自宅で重説を受けられるため、家族の世話をしながらでも安心して手続きを進められます。
プライベートな空間で集中したい方
- 落ち着いた環境で説明を聞きたい方
不動産会社の店舗の雰囲気に馴染めない方や、他のお客さんの声などが気になる方には、自宅などの慣れた環境で集中して説明を聞けるIT重説が適しています。 - 周囲に聞かれたくない内容がある方
金銭的な話や個人的な事情に関わる話など、デリケートな内容を扱う場合、プライベートな空間で話せるIT重説は安心感があります。
ITツールに抵抗がない方
- 日常的にオンライン会議などを利用している方
ZoomやGoogle Meetなどのオンライン会議システムに慣れている方であれば、スムーズにIT重説を利用できるでしょう。 - ご自身でトラブルシューティングができる方
万が一、通信トラブルが発生した際に、ご自身で簡単な対処ができる方であれば、より安心してIT重説を利用できます。
複数人で同時に説明を受けたい方
- 共同購入を検討している夫婦や家族
各々が別の場所にいても同時に重説に参加できるため、情報を共有しやすく、相談しながら契約を進められます。 - 専門家(弁護士など)を同席させたい方
契約内容について専門家の意見を聞きたい場合、IT重説であれば専門家も別の場所から参加しやすくなります。
従来型の対面方法でも問題ないタイプ

一方で、IT重説よりも対面での説明の方が向いている方もいます。
ITツールの操作に不慣れな方、苦手な方
- パソコンやタブレットの操作に自信がない方
オンライン会議ツールの使い方に不安がある場合、IT重説中に操作でつまずき、説明に集中できない可能性があります。 - 通信環境の準備が難しい方
安定したインターネット環境を整えるのが難しい方や、適切な機材を持っていない方は、無理にIT重説を選ぶとストレスが大きくなります。
直接担当者と顔を合わせて話したい方
- 対面でのコミュニケーションを重視する方
担当者の表情や話し方から、人柄や信頼性を判断したいと考える方にとっては、対面での説明の方が安心感があります。 - 疑問点が多い方、細かく質問したい方
画面越しでは伝わりにくい微妙なニュアンスや、とっさの質問をしたい場合、対面であればよりスムーズにコミュニケーションが取れます。 - 「言った言わない」のトラブルを避けたい方
IT重説でも録画は可能ですが、対面で話すことで、より「言った言わない」の認識の齟齬が生まれにくいと感じる方もいるでしょう。
資料をじっくりと手元で確認したい方
- 紙の資料に書き込みながら確認したい方
膨大な資料に目を通し、重要箇所に印をつけたり、メモを書き込んだりしながら説明を聞きたい方には、対面で紙の資料を見ながらの方が効率的です。 - 視覚的に分かりやすい説明を求める方
図面や書類を指し示しながら、具体的な箇所を説明してほしいという方には、対面の方がメリットが大きいでしょう。
不動産会社へのアクセスが良い方
- 自宅や職場から不動産会社が近い方
移動時間や交通費の負担が少ないのであれば、無理にIT重説を選ぶ必要はありません。 - 地域の情報も合わせて聞きたい方
不動産会社の店舗を訪れることで、周辺地域の情報や街の雰囲気なども直接感じ取れるメリットがあります。
IT重説を成功させるためのユーザー側の準備と心構え

IT重説を最大限に活用し、後悔のない不動産契約を結ぶためには、ユーザー側でも準備と心構えが重要です。
事前準備の徹底
- 通信環境の確認
- 安定したWi-Fi環境または有線LANを用意しましょう。スマートフォンのテザリングは、通信が不安定になる可能性があるので避けた方が無難です。
- 念のため、通信速度テストサイトなどで回線速度を確認しておくと安心です。
- 機材の準備
- PCまたはタブレットを用意し、充電を十分に行っておきましょう。
- カメラとマイクの動作確認をしておきましょう。可能であれば、外部マイクやヘッドセットを用意すると、よりクリアな音声でやり取りできます。
- オンライン会議ツールの確認
- 不動産会社が指定するオンライン会議ツール(Zoom、Google Meetなど)を事前にインストールし、アカウントを作成しておきましょう。
- 可能であれば、家族や友人と接続テストを行い、操作に慣れておきましょう。
- 重要事項説明書などの事前確認
- 不動産会社から事前に送付される重要事項説明書や契約書案は、必ず目を通しておきましょう。
- 不明な点や疑問に思う箇所は、メモをしておき、IT重説中に質問できるように準備しておきましょう。専門用語を事前に調べておくのも有効です。
- 本人確認書類の準備
- 顔写真付きの身分証明書(運転免許証、マイナンバーカードなど)を手元に準備しておきましょう。
- 指示された際にスムーズに提示できるよう、準備しておくと安心です。
- 静かで集中できる環境の確保
- 重説中は、家族の話し声やテレビの音などが入らない、静かな場所を選びましょう。
- 可能であれば、個室で集中できる環境を確保することをおすすめします。
- 筆記用具とメモ帳の準備:
- 説明を聞きながら、重要な点や質問事項をすぐに書き留められるように準備しておきましょう。
IT重説中の心構えと対応
- 積極的に質問する
- 不明な点や疑問点は、ためらわずに質問しましょう。後で後悔しないためにも、些細なことでも確認することが重要です。
- 「もう一度説明してください」「もう少し詳しく教えてください」など、分かりやすく説明を求めることも遠慮なく行いましょう。
- 理解できない部分は明確に伝える
- 宅地建物取引士の説明が早すぎたり、専門用語が多くて理解できなかったりした場合は、「〇〇という言葉の意味が分かりません」「もう少しゆっくり話していただけますか」など、具体的に伝えましょう。
- メモを取る
- 説明を聞きながら、重要なポイント、担当者の説明、質問とその回答などをメモしておきましょう。後で契約書を見直す際に役立ちます。
- 画面共有されている資料を注視する
- 担当者が画面共有で資料を提示している場合は、その内容をしっかり確認しましょう。特に、金額や面積、築年数、特記事項など、重要な数値や項目には注意を払ってください。
- 録画について確認する(任意)
- 不動産会社がIT重説の録画を行っているか確認し、可能であれば録画データの提供を依頼することも検討しましょう。後から聞き直す際に役立ちます。ただし、全ての会社が対応しているわけではないので、事前に確認が必要です。
- 安易に「分かりました」と言わない
- 理解できていないのに、その場の雰囲気で「分かりました」と答えてしまうのは避けましょう。後々のトラブルにつながる可能性があります。
- 契約内容に納得できない場合は一旦保留する
- IT重説中に全てを理解し、その場で契約の判断を下す必要はありません。少しでも疑問や不安が残る場合は、「一度検討させてください」と伝え、時間を置いて冷静に判断しましょう。
まとめ:IT重説は「賢く」利用する時代へ

IT重説は、ユーザーにとって不動産契約の手間を大幅に軽減し、利便性を高める画期的なシステムです。しかし、その恩恵を最大限に享受するためには、メリットだけでなくデメリットも理解し、自身の状況に合わせて適切に活用することが重要です。
時間や場所の制約が多い方、落ち着いた環境で説明を聞きたい方、ITツールに抵抗がない方にとっては、IT重説は非常に有効な選択肢となるでしょう。一方で、IT操作に不安がある方、対面でのきめ細やかな説明を求める方、資料を紙でじっくり確認したい方にとっては、従来型の対面重説の方が安心かもしれません。
重要なのは、ご自身のライフスタイルやITリテラシー、そして契約に対する考え方を踏まえて、どちらの方法がより自分に合っているかを判断することです。そして、IT重説を選択するならば、今回ご紹介した事前準備や心構えを参考に、後悔のない不動産契約を目指しましょう。
不動産取引、特に売買は一生に一度あるかないかの大きな買い物です。賃貸借契約の場合もそうですが、IT重説を「便利だから」という理由だけで安易に選ぶのではなく、「賢く」利用することで、より安心して、納得のいく契約を実現してください。